ちいさめ

シンプルライフとかわいいの両立。

何かを諦めたように生きたくはない。と思う。

 

なぜ言いたいことほど、うまく言えないのか。

 

ドリカムか。

 

これを言ったらきっと、雰囲気悪くなるな、って考えている間の表情だけで、もうすでに感情が漏れ出している。始まっている。

 

いつでもニコニコして穏やかにしていたい。大した問題もなく、悪いことはせず、誰にも迷惑をかけない、安全な夜遊びのように。

 

この強すぎる自己愛は、自らが与える愛情だけでは足らず、他社からの愛情まで求めて、寂しい寂しいと常に煩いなぁ。

 

本当のところ、納得していないことだらけでも、それでも朝には開かない目をこすって身支度をして、一日働いて、夜になればこうして、よく意味も分からない文章を書いて、心の中の混乱を収めようと必死だ。

 

子供の頃のように、大きな声をあげて泣いたりすることは、あるっちゃある。

 

けど。そんなにない。

 

どちらかというと、洗面台で髪を乾かしながら、うっすらと流れる涙を拭って、サラサラになった髪に満足し、まだ美しいこともあるのだとほんのわずかだが安心して、眠気がやってくるのを待つ。

 

寝てしまえば大体のことは翌日になると忘れたりする、

 

するといいなぁ。

 

不平不満を垂れ流して拗ねているより、上を向いて前を向いて進んでいくことのほうが効率的なことくらいわかっている。

 

だけどそんなのはきれいごとだと、聞き入れる気にはなれない日だってあるだろう。

 

ニコニコじゃないや、ヘラヘラだ。

 

ニコニコ(ヘラヘラ)していると、良くも悪くもいろんな人が近づいてくるなぁと思う。

 

我ながら愛想がいいのだ。

 

人懐っこいね、と言われるほうだ。

 

誉め言葉として有難く頂戴しても、その分面倒くさいことに巻き込まれやすい性格なのも分かっているので、気の乗らない飲み会にはいかないようにしている。

 

少しにこやかにしているだけでなぜ「いける」と思えるのか不思議だ。

 

そんなに私は安っぽいか?それともいい女に見えるのか?知ったこっちゃないけど。

 

私には大事な彼がいるのでそんな手には乗りませんよと思っていた矢先

 

彼が、あの美しい女優の話をしてくるではないか。

 

八つ当たりにもほどがあるが、今は私のことをほめてほしい気分なのになぁ。

 

そこで「私は?」アピールをするのがうざったいこともよくわかっているので、彼の言葉を肯定してまたニコニコしている。

 

虚無。

 

私には大きな取り柄はない。

 

その女優に勝てることもないだろう。

 

そもそも、その土俵に自分を乗せることがおこがましいことだとわかっていながら、ここまでして自分を認めてくれる気持ちのいい言葉を望んでいるのは、常に不安だからだろう。

 

その不安を本当の意味で解消していくには自分自身の能力を上げていくしかないのだ。

 

今のお仕事(OL)だって楽しいけど、学べば誰にでもできるような仕事内容だ。(と思う。)

 

ブログも、やろうと思えば、どんな人にでも始められること。

 

楽しいことを見出す力もそんなにない。

 

だけど、何かを諦めたように生きたくはないなぁ。

 

私はもう23歳になって、なってしまって、大人なんだけど、でも意外と大丈夫。

 

失望しないで。

 

まだまだ、大したことないことで、あれやこれや悩んで、できるだけ毎日を楽しく過ごそうと努力して、好きな人がいて、好きでいてくれる人がいて。

 

髪や肌の調子、彼からの一言なんかで、喜んだり、調子に乗ったり、はたまた泣いたりできる。

 

喜怒哀楽が激しい、感受性が豊か、ということだ。

 

本当に諦めていたら、何もかも辞めてしまうだろう。インスタだけじゃなくてね。

 

ライバルは自分とはよく言ったもので、最終的に人の心や考え方を、他人の手で変えることはなかなか難しいことだから。

 

最終的に誰かとではなく自分との戦いに勝てなくては、何も得られないのだろう。

 

何かに強い憧れを持つことはいいことだ。でも、ほどほどに。何事も。

 

誰に憧れられることも称賛されることもなくても、私は私なんだから。

 

やりたいように、なりたいように。

 

全て、1人で考えていることだ。これだけ悩めるなら暇しないね。

 

おやすみなさい。